vol.02|里の湿度 ——還る場所のこと
——還る場所のこと
vol.01 で、私は「外に向いた感覚が、そっと内側へ戻ってくる」と書いた。
書き終えてから、ひとつ、答えていない問いが残っていた。
——戻ってくるとして、どこへ。
その答えは、たぶん、会社の名前のなかにあった。
京都にいちばん近くて、いちばん遠い街
株式会社香里の名は、大阪・香里園という街からきている。
京阪本線、大阪の北東のはずれ。線路はそのまま北へ、京都へと向かっていく。地図のうえでは、これ以上ないほど京都に近い。
それなのに、ここは京都ではない。
この土地は、商いと暮らしの距離が近い。人と人のあいだの垣根が低く、よそ行きの構えを、あまり必要としない。京都の格式や建前とは、ちょうど対極にある。
だから香里園は、ふしぎな街だ。京都にいちばん近い場所でありながら、京都からいちばん遠い。
vol.01 で、京都と大阪は電車で半時間も離れていないのに、湿り気がまるで違う、と書いた。
香里園は、それをさらに先鋭にしてくれる。近いほど、違いが際立つのだ。
——そういえば、北浜も、この香里園も、同じ京阪本線の上にある。一本の線路が、乾いた京都と、湿った二つの街を、貫いている。
二番目の都市
世界のどの国にも、二番目の都市がある。
パリの後ろに、リヨンがある。台北の後ろに、ゆっくりとした台南がある。ジャカルタの後ろに、ジョグジャカルタ(スラバヤ)がある。そして東京の後ろに、大阪がある。
一番の都市は、見せる都市だ。観光の主役で、注目が集まり、光が当たる。人はそこで、少し背伸びをする。見られていることを、どこかで知っているから。
二番目の都市は、暮らす都市だ。主役ではないぶん、背伸びをしなくていい。よそ行きの顔を、しなくていい。誰も、こちらを見ていない。
——見られていないから、人は、自分に戻れる。
香里園は、都市ですらない。京阪本線沿いの、小さな里だ。けれど、その気質は、まぎれもなく「二番目」のものだ。京都の、すぐ隣で、誰にも見られずに、ただ、暮らしている。
一番の都市が、背筋を伸ばさせるなら、二番目の都市は、その力を、抜かせてくれる。見せる都市と、還る都市。乾いた都市と、濡れた都市。
ほどける湿度と、還る湿度
ただ、香里園の湿度は、北浜や九份やウブドの湿度とは、種類が違う。
あの三つは、どれも「縁(へり)」の街だった。石、水、夜の路地、異国の渓谷。行った先で、夜に、ほどける湿度。劇的で、少しだけ非日常の匂いがする。だから、香りになった。
香里園は、そうではない。
ここは「里」だ。丘のうえの住宅地、川、成田山の緑と、どこからか漂ってくる香の匂い。劇的でもノワールでもない、日々の、暮らしの湿度。
vol.01 の最後に、私はこう書いた。「救われるために、遠くへ行く必要はなかった」と。
その、戻ってくる先。ほどけたあとに、自分が還っていく場所。
それが、里の湿度なのだと思う。
三つの都市が「ほどける湿度」なら、香里園は、「ほどけたあとに、還る湿度」だ。
香り、そして里
これは、偶然ではない。
香里——香り、と、里。
里(さと)とは、ふるさと。里帰り。還る場所のことだ。
ブランドのすべてが、「外へ向いた感覚を、内側へ戻す」と言っている。
その名前そのものが、「香りが届く、還る場所」を指していた。
名づけたときには、そこまで考えていなかった。けれど、こうして書いてきて気がついた。香里という名は、はじめから、この思想のかたちをしていたのだ。
だから香里園は、四つ目の都市ではない。商品でもない。
湿度という思想の、原点だ。
遠くの夜でほどけた感覚は、最後に、里の湿度のなかへ還ってくる。
そして、また誰かのほうへ、やさしく出ていける。
——その呼吸の、いちばん深いところに、この街がある。