vol.03|手で、あおぐ ——消えていくものに、心を込める
——消えていくものに、心を込める
ウブドの朝は、小さな祈りから始まる。
家の戸口に、店の軒先に、道のかたわらに。
椰子の葉で編んだ、手のひらほどの小さな器。そこに、色とりどりの花が、そっと載せられている。
それは、神への供え物だ。
そして、それを供える人の、心のかたちでもある。
花は、心をうつす
その器に載せる花は、ただの飾りではない。
一輪一輪が、供える人の心を、うつしているのだという。
だから、花を選び、置くという行為は、外へ向けた捧げものでありながら、同時に、内へ向けた問いかけになる。
いま、自分の心は、どんな色をしているだろう。何を願い、何を鎮めたいのだろう。
花を手にとるその一瞬、人は、自分の内側を、静かにのぞきこんでいる。
祈りは、神に向かう前に、いちど、自分に向かっている。
手で、あおぐ
供えるとき、火のついた線香を添え、花に聖水をふる。
そして、最後に、手で、あおぐ。
煙を、香りを、供え物のいちばん大切なところを——目に見えないエッセンスを、神のほうへ送るための、しぐさだ。
この所作を見たとき、立ち止まった。
かたちあるものではなく、かたちのない「気配」を、空気にのせて届ける。
それは、香りという営みの、いちばん古い姿のように思えたからだ。
香水とは、つまるところ、これなのかもしれない。
目に見えないエッセンスを、空気にあずけて、誰かのほうへ、送ること。
消えていくものに、込める
おどろいたのは、その祈りが、毎朝、新しくつくられることだ。
夕には、花は枯れ、踏まれ、片づけられる。
そして翌朝、また新しい器が編まれ、また新しい花が選ばれ、また心が込められる。
供え物は、残すためのものではない。
消えていくことを、はじめから受け入れている。
——それでも、毎朝、心を込める。
いや、消えていくからこそ、込めるのかもしれない。
香りも、そうだ。
まとえば、ほどけて、消えていく。残らない。
けれど、残らないからこそ、その一瞬に、心が宿る。
結び——GREEN IN STILLNESS のこと
ウブドの緑のなかで嗅いだ静けさを、ひとつの香りにした。
GREEN IN STILLNESS という。
その奥には、この、手であおぐ朝の祈りがある。
花に映した、自分の心。
目に見えないものを、空気にのせて送る、しぐさ。
消えていくものに、毎朝、あたらしく心を込める、その繰り返し。
香りをまとうことは、もしかすると、ひとつの祈りに似ている。
誰かに見せるためではなく、まず、自分の心の色を、静かにのぞくために。
そして、ほどけて、消えていく。
couri は、その、消えていくものに込める心の、香りでありたい。