vol.04|雨やどり ——立ち止まる、という時間
——立ち止まる、という時間
九份は、雨の街だ。
山の斜面に、石段がどこまでも続く。その石段を、雨が、いつも濡らしている。
晴れている時間より、降っている時間のほうが、ずっと長い気がする。
そして、雨が降ると、人は、立ち止まる。
雨は、歩みを止めさせる
乾いた街では、人は、止まらない。
予定があり、目的があり、次の場所がある。雨が降っても、傘をさして、足を速めるだけだ。
九份は、そうはいかない。
石段は急で、濡れて、滑る。霧が出れば、数歩先も白くかすむ。だから、雨が強くなると、人はどこかの軒先に、ふと身を寄せる。
雨やどり、という時間が始まる。
それは、自分で選んだ休みではない。
雨に、立ち止まらされた時間だ。
予定を、いったん雨にあずけて、ただ、降るのを見ている。
軒先は、内でも外でもない
台湾の街には、騎楼とよばれる、屋根のついた歩道がある。
建物が、自分の一階のひさしを、道ゆく人に差し出している。雨の日も、その下を歩けば、濡れない。
どこからが店で、どこからが道なのか、わからない。
内でもなく、外でもない、濡れない帯が、街にずっと続いている。
九份の軒先も、おなじだ。
人の家の屋根の下で、見知らぬ者どうしが、雨のやむのを待っている。
誰も、気をつかわない。ただ、それぞれに、雨を見ている。
——よく賑わう街なのに、雨やどりのあいだだけ、人はみんな、ひとりになる。
茶の、ゆっくりとした時間
雨やどりの先に、茶藝館がある。
湯気のたつ茶を、小さな器で、少しずつ飲む。窓の外は、霧と、海と、濡れた石段。
ここでは、急ぐことが、似合わない。一杯の茶が冷めるくらいの時間を、ただ、過ごす。
茶を待ち、湯を待ち、雨を待つ。
待つことばかりの時間のなかで、いつのまにか、外へ向いていた気持ちが、自分のほうへ戻ってくる。
消えた街が、残っている
九份には、もうひとつの顔がある。
この街は、むかし、金で栄えた。山を掘り、人が集まり、坂じゅうに灯りがついた。
やがて、金は尽きた。人は去り、街は静かになった。
ふつうなら、それで終わりだ。
けれど九份は、消えなかった。
にぎわいが去ったあとに残った、石段と、霧と、雨に濡れた灯り。その、少しさびしい風情そのものが、こんどは人を呼んだ。
——失われたものが、別のかたちで、残る。
盛りの記憶が、霧のなかに、まだ漂っている。
それは、香りに、よく似ている。まとえば消えていくのに、その余韻が、いちばん長く残る。
結び——RAIN ON STONE のこと
九份の、雨に濡れた石段を、ひとつの香りにした。
RAIN ON STONE という。
その奥にあるのは、雨に立ち止まらされた、あの時間だ。
急ぐことを、雨があきらめさせてくれる。軒先で、茶藝館で、ただ、降るのを見ている。
そのあいだに、外へ向いていた感覚が、そっと、内側へ戻ってくる。
雨は、不便だ。
予定を狂わせ、足を止め、こちらの思いどおりにならない。
けれど、その不便さが、ひとつの余白になる。
couri は、その、雨やどりのような香りでありたい。
立ち止まっていい、と、ただ静かに、石を濡らす。