vol.06|見抜かれて、ほどける ——評価ではなく、理解
——評価ではなく、理解
人は、仮面をかぶって生きている。
仕事を完璧にこなそうとするのも、気の利いた言葉を選ぼうとするのも、たぶん、その奥にあるのは、ひとつの願いだ。
「ここにいていい」と、認めてほしい。
評価は、渇きを、癒さない
けれど、ふしぎなことがある。
どれだけ認められても、内側の渇きは、なかなか、癒えない。
仕事で成果を出しても、誰かに褒められても、その瞬間は満たされるのに、しばらくすると、また空虚が戻ってくる。
むしろ、高く評価されればされるほど、その渇きは、純化していくことさえある。
評価は、外側から、輪郭をなぞってくれる。
「よくできている」と、かたちを、確かめてくれる。
——でも、なぞられているのは、いつも、こちらが必死に作った、仮面のほうだ。
評価が届くのは、仮面まで。
その奥の、隠してきた弱さには、届かない。
理解は、仮面の奥に、届く
人が、ほんとうに救われるのは、評価された時ではない。
理解された時だ。
隠してきたはずの弱さ。誰にも見せていないつもりの、劣等感や、自意識。
それを、ふいに、誰かに見抜かれる。「あなたは、こういう人だね」と、優しく、けれど、容赦なく。
仮面を、そっと剥がされて、その奥の、いちばん柔らかいところを、まっすぐ見られてしまう。
その瞬間、人は、泣くことがある。
恥ずかしさからではない。安堵からだ。
——ずっと、見つけてほしかった。ずっと、ここを、分かってほしかった。
理解とは、評価の反対だ。
評価は、うまくできた仮面を、褒める。
理解は、仮面ごしに、その人そのものを、見てしまう。
見抜かれると、力が抜ける
仮面は、力で、支えられている。
笑っていよう、しっかりしていよう、隙を見せないでいよう。
その、張りつめた緊張が、輪郭を保っている。誰にも崩されないように。
だから、見抜かれると、力が抜ける。
もう、支えていなくていい。取り繕わなくていい。演じなくていい。
見抜いてくれた相手の前でだけ、人は、よそ行きの自分を、降ろすことができる。
これは、vol.01 で書いた、あの感覚と、同じだ。
湿った夜に、ふっと、輪郭がほどけた、あの瞬間。
——湿度も、たぶん、ひとつの「理解」だったのだ。評価しない。ただ、こちらのかたちを、そのまま受けとめて、ゆるめてくれる。
香りは、評価されるためのもの、だった
香りは、長いあいだ、評価されるためのものだった。
よく香らせ、好い印象を残し、誰かに「素敵だね」と言ってもらう。
それは、仮面を、もう一枚、きれいに塗り重ねる行為だ。
couri が、まといたいのは、その逆だ。
誰にも会いたくない夜。仮面を外して、ひとりになった時。
その、いちばん無防備な自分の隣に、そっと置かれる香り。
評価してくる香りではなく、ただ、分かっていてくれる香り。
結び——見せるためではなく、戻るために
人は、評価に、飢えているようで、ほんとうは、理解に、飢えている。
褒められることではなく、隠してきた弱さごと、「それでいい」と、分かってもらうことに。
香りにも、その二つがある。
見せるための香りと、戻るための香り。
評価されるための香りと、理解してくれる香り。
couri は、後者でありたい。
仮面を、もう一枚重ねるためではなく、仮面を、そっと外すために。
誰にも見せない夜、あなたが、あなた自身を、もういちど分かりなおすための、静かな香りでありたい。
見抜かれて、ほどける。
その、いちばん柔らかい時間の、隣にいたい。