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vol.08|名前のない、あいだ ——分類することと、香り

——分類することと、香り

人は、世界を、名前で切り分ける。

これは花、これは木、これは果実。これは甘い、これは苦い、これは冷たい。

名前をつけ、棚に分け、線を引く。そうやって、手に負えないほど豊かな世界を、なんとか、扱える大きさにしてきた。

分類は、便利だ。

けれど、ときどき忘れてしまう。線は、世界にもともとあったのではなく、あとから、こちらが引いたものだ、ということを。

香りにも、線がある

香りの世界にも、たくさんの線が引かれている。

フローラル、シトラス、ウッディ、オリエンタル。香りを種類で分け、輪のかたちに並べた地図がある。

そして、一本の香水は、時間でも切り分けられる。トップ、ミドル、ラスト。つけた瞬間、しばらくして、最後に残るもの。

この線は、役に立つ。人に香りを説明するとき、選ぶとき、それがなければ、何も言えない。

けれど、線が引けるのは、香りの、ほんの表面だけだ。

いちばん効くのは、あいだ

ひとつの香りを、ほんとうに嗅いだことがある人は、知っている。

トップからミドルへ、ミドルからラストへ。香りは、階段を降りるように、かちり、かちりと切り替わるわけではない。

ひとつの匂いが、少しずつ、別の匂いへ、にじんでいく。その、移り変わっていく途中——どちらとも名づけられない、あいだの時間に、いちばん、心を持っていかれる。

分類の名前は、そこには、届かない。

フローラルでもウッディでもない、その二つが溶けあった、名前のない一瞬。

それは、線と線の、あいだにある。

名づけられないから、豊かなのではないか

私たちは、つい、名前のついたものを、確かなものだと思う。

シトラス、と言えれば、わかった気になる。トップノート、と呼べれば、つかんだ気になる。

けれど、香りがいちばん雄弁なのは、名づけたとたんに、こぼれ落ちる。

「これはこういう香り」と言い切った瞬間、その香りの、いちばん柔らかいところが、指のあいだから、逃げていく。

言葉にならないから、貧しいのではない。

言葉にならないからこそ、豊かなのだ。

名前のつかないものを、名前のつかないまま、感じられること。それは、能力の欠如ではなく、いちばん繊細な、感受性のかたちだ。

引いた線を、そっと外す

couri は、香りに名前をつける。

INK IN SILENCE。RAIN ON STONE。都市の名を借り、言葉を与える。

けれど、その名前は、線を引くためではない。

むしろ逆で、名前は、入口にすぎない。ドアの取っ手のようなものだ。開けて中に入れば、そこには、名前では切り分けられない、湿った気配が、ただ、広がっている。

だから、香りを、分類で選ばないでほしい。

これはウッディだから、これは甘くないから、と、棚で決めないでほしい。

まず、嗅いでほしい。線の内側ではなく、線と線の、あいだを。

結び——あいだに、留まる

世界は、名前より、ずっと豊かだ。

四つの、とか、七つの、とか、人が引いた線の外側に、名前を持たない領域が、いつも、広く残っている。

香りは、その領域の、住人だ。

分類の輪の、どこにも属さない、あいだの気配。トップとラストの、途中の時間。言葉にした瞬間に逃げていく、柔らかいところ。

couri は、その、名前のないあいだのための香りでありたい。

線を引くためではなく、引いた線を、そっと外すために。

名づけないまま、ただ、感じていい——そう、静かに伝えるために。